2019年9月にオハイオに移住した主婦の成長日記

コロナの影響でペットを迎える人が増加?の情報を見ていつもより考えたこと

ファームで子猫2匹が見つかってから5ヵ月

新型コロナウイルスの影響で一斉休校が決定し、その影響かペットショップでの売上げが増えたとテレビで放送されていた、というツイートをつい数日前見かけた。かなりのリツイート、いいねがついていたし、実際に読んで何か思った人もいると思う。私もそのうちのひとり。

加えて、こちら。

アメリカではシェルターからペットをお迎えする人が増えているとのニュース。

 

日本のペットショップについてのツイート自体は、時間が経って改めて検索してみると、番組側が取材したショップの偏った意見が反映されているという情報も見かけたので真偽は不明。記事を書くにあたり、新しい家族を迎える決断を非難する意図はない。

 今日はそこで思ったことを含めて、我が家のトムとココとの生活について書いていく。

 

見出しにも書いたが、トムとココがファームで義弟に発見されてから5ヵ月が経った。時々写真や動画をツイートしているから私のTwitterを見ている人は何となく成長が見えると思う。フード付きのスウェットのすそを袋にして2匹を抱えて歩き回っていたのが本当に懐かしく感じる。つい昨日、ようやく去勢、避妊手術を受け1泊したのちに帰ってきたトムココ。朝7時に施設に連れて行き、そこから他のペット達と一緒にトラックで手術を行なっている場所に連れて行かれた。交尾をしないように、トムがココを傷つけないように見張っている約1ヵ月は長かった。お迎えの時間は翌日11時、さて2匹がいない間に何をしようか?

 

刺繍を少しやってみてもいいな、溜まった洗濯も洗って畳もう、ケージも掃除しておこう、怖がる掃除機もかけよう。有意義に過ごそうと考えていたものの、トムココがいない家はとても静か。食器を洗っていれば足元にいないはずのトムの幻を見て、ベッドルームの椅子に座れば歩いてくるいないはずのココの幻、缶のスープを開ければ、自分達のご飯だと勘違いして鳴くミャーの空耳。思っていたよりも、2人がいなくて寂しいのは私だった。家で一緒に過ごす時間が長いからこそなのだと思う。

 

 

アメリカのシェルターにいる、不運にも寿命を全うするまで迎えてくれた家族と過ごせなかった犬や猫たちを迎える人が増加しているのはこの状況じゃなかったらとても喜ばしいことだと思う。どんな人生を歩んできた人が新たな家族を迎える決断をしたのかは、ただ情報を読むしかできない私にはわからない。ただ、飼うなら真面目に看取るまで飼う覚悟を持ってほしい、持つべきだというのだけははっきり思っていること。迎える人たちが過去にペットを飼った経験があることや、それなりの覚悟があることだけを願う。

 

本音を言ってしまうと、トムココを移住後の忙しいというか精神的にも生活自体も不安定な時に迎えて、いまでもしょっちゅう鬱々してしまう私は、なんで2匹も猫を飼うことになっちゃったのと考えることがあった。なんて奴だ、飼う資格ない、と言われても仕方ないとは思う。ただ人生で金魚よりも大きな動物の世話をした経験がない私にとってはかなり苦痛なことも多かった。

 

選んだ動物病院がぼったくりだったのかもしれない、でもあんなにお金がかかるとも思ってなかったし、調べてはいたけど出したご飯をすんすん嗅ぐだけ嗅いで全く食べないとか、ケージが嫌いなのはわかるけどカリカリ・水のボウルをひっくり返すなんて想像もしてなかった!ソファーはひっかかないくせに、ブランケットを掘ってほつれさせるし、ベッドルームにこもってドアを閉めておくとカーペットをぼろぼろにしてくる。

 

実際に動物を飼うって大変なことなんだよ、という言葉の重みを身をもって理解した。可愛いから、新しい家族の一員を迎えたいから。きっかけも理由もなんでもいいのだろうけど、彼らにとっては長く、人間と比べると短い時間を一緒にどう過ごすのかを考えてほしい。ましてやシェルターにいる子たちは一体どのくらい大きくなっているのか。ウイルスのせいで家にいることが多くなったからペットを飼うよ、と決めるのは勝手だけど、どうかその子の最後の瞬間まで一緒にいるとその子と約束してほしい。

 

 

トムとココにとっては長くて、私たちと比較すると短い彼らの人生を、一緒に過ごせるチャンスをもらえたのは本当に幸運と思う。不満げな顔も、朝起きてベッドに顔を見せにきてくれる時も、ゲームをしていると頑なに膝に乗ろうとしてくる時も、愛おしくて仕方がない。ずっとソファーのしたにおもちゃを押し込んでいつの間にか遊ぶものが消えているような元気な2匹でいてほしいと心から思う。

 

 

コロナがきっかけで新しい家族を見つけたペットたちが、ウイルスが収束してもずっと幸せに過ごせますように。すでに人間と暮らしているペットたちが少しでも長く幸せに過ごせますように。